僕は正月明けの名古屋駅西口へ降り立った。
旧新幹線の改札はこの巨大な国際ターミナル駅の2Fに設置されており、新幹線を降りてすぐの改札を出ると目の前に広がる空中回廊はバスケットコート大の広場で、それが西へ向けて幾重にも連なっていた。
駅の東側には郵便局やテレビ局・大学が入ったタワービルが10棟ほど建っていて冬の午後の明るい日差しを高い反射鏡のように駅の西側まで届けている。
空中回廊の真ん中には桜の木が数十本植えられており、来るべき春には満開の風情が楽しめそうだ。それをはさんで行きかう今日が仕事始めの人々は足早ながら自然と左側通行になっている。
広場の両サイドにはフィレンツェの街角にいそうなバイオリニストやアコーディオン奏者、大道芸人、そして数組の女性アイドルも空中路上ライブを開催中で、それを見に多くの観客も集まっている。よく見るとベトナムや中国系の観光客も目立つ。
それらの音色と歓声は織り交ぜられて1月の澄んだ空へ、くねった虹のように貫けていく。
オブジェとも思える人工的に創られた適度な障害物を設けてあるエリアにはパルクールを楽しむ少年達がいて、僕はその子に話しかけた。
「おい、中村区の少年たち」
「なんだよ、じじい」
「リニア乗り場はどこかの?」
「ああ、新幹線改札出てすぐのエスカレーター2階分降りたらそこがリニアの地下改札だよ、エレベーターでもいけるよ」
「ほうきゃ、それと、この空中広場はどこまで続くんじゃろか?」
「広いのはナゴヤ球場までだよ、そこからは道も細くなって清正公通りを通って豊国神社のある秀吉公園駅まで続いてる」
「ななな!なんじゃと!?ナゴヤドームはどうなった?」
「は?ドーム?はは、懐かしいね。ドラゴンズの本拠地はとっくにこっちに移転して今は屋外球場だよ、ナゴヤ球場は日本中でターミナル駅から徒歩で行ける唯一のボールパークさ。ドーム球場って今は東京くらいじゃないかな」
「そうか、『日本一駅から遠い球場』がいまでは『日本一行きやすい球場』か。そそ、それとなに??せいしょうこうどおり?ひでよしこうえん?と言ったか?」
「ああ、じじい、この辺の人じゃないな、清正公通りは昔からある街道の上にそのまま作られてて、秀吉公園は戦国三英傑と呼ばれて天下人になった中村区出身の豊臣秀吉が祀ってある公園さ。知らん?秀吉さん」
「太閤殿下はもちろん知っとるが、『中村公園』がついに『秀吉公園』になったんじゃな。うううううう、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1615年、秀頼と淀君が大阪で自決してから、450年。中村の民は徳川の世、ずっと苦渋を舐めてきたが、秀吉公園がその生誕の地にできなすったか、さぞかし豊太閤も清正公もお喜びで、うううう・・・」
「おい、じじい。泣くな。もういいかな?」
「まだじゃ!ときに少年!我が中日ドラゴンズの調子はどうじゃ?」
「ああ、去年は2位、最終決戦で巨人に負けた」
「なに?!!!また負けたんか!!」
「でも今年は山本監督の4年目のシーズンだからなんとかしてくれるよ」
「おい、ちょっとまて、山本監督とはマサカ?」
「そうだよ、マサだよ、山本昌監督、99歳、世界最年長監督」
「まじか?100歳まで監督やるのか?いや、50歳まで現役を続けるくらいじゃから、あり得るなそれ。ああとそれと、岩瀬はどうなった?立浪は?荒木は?井端は帰らずか?山﨑は谷繁はヒデノリは宇野は今中は星野は木俣は落合は?」
「タツナミやイワセはなんとなく分かるよ、おじいちゃんによく聞かされてた。『黄金時代』だろ。なあ、じじい、もういいだろ、俺たち練習しなきゃ」
「最後に聞かせてくれ、delaってアイドルグループは知っとるかの?」
「は?なに?」
「しらんかの?聞いたことないかの?デラじゃd・e・l・aで、でら」
「・・・・じじい、そんなことも知らんの?いったいどこから来た?delaを知らない日本人も、アジアの人もいないよ。名古屋にdelaがいたから、この駅西空中公園がミュージシャンやアイドルに開放されたんだよ。ほら、大阪や、東京、台湾やシンガポールやベトナムからも名古屋駅西まで新人アイドルの空中路上LIVEを見に来るんだよ。delaのおかげで今や名古屋駅西は日本国内の、いや、アジアのアイドルの聖地さ」
「おおお!そうじゃったか。昔な、この辺がまだ駅裏って呼ばれてたころにな最初にdelaが路上ライブやったんじゃよ、リニアもなくてな・・・」
「アホかじじい、そんなん常識だわ!その功績をたたえてdelaの歴代メンバーの写真とプロデューサーの肖像画がほら、あそこ」
「えええええ!!?プロデューサーとは?」
「KANATAさん」
「わお!ビックりなてぃ!コウイチじゃないの?中村じゃないの?」
「そんなやつしらん、今はKANATAさん。dela以外にも色々アジア戦略仕掛けて、名古屋を国内のみならず、アジアの芸能文化の発信源として知らしめた。その功績。」
「KANATAめ!わしの手柄を横取り・・・・いやいや、夢を引きついでくれたんじゃな・・・・・ほほう、どれどれ?おお!これはあいちん?!」
「ああ、秋波さんね。45歳までdelaで現役最年長アイドルだったアイドル界のレジェンドだよ、ギネス認定の。最後のほうは『アイチンって呼んでください!』って声がカスれてたけど」
「しーちゃん、さわー、かずさ、さえどん、れいな、あいみ、きあら、NEX、ぐわし、さとみん、さらぼー、まい、さやちむ、チエミ、小夏、塾長まで・・・・みんな・・・・みんないるじゃないか。頑張ったんじゃな!みんなあれから頑張ったんじゃな!!嬉しいな!嬉しいな!!!嬉しいなぁ・・・ううううう、こんな嬉しいことはないなぁ」
「じじい、こんなところで泣き崩れるなよ、みっともねぇ」
「なんじゃ!人が感傷に浸っているときに、それにさっきからじじいじじいと、日本人なら、名古屋人なら、中村区民なら敬老の精神を持たんか!このクソガキ!」
「あ、今クソガキって言ったな?」
「当たり前じゃ!この名古屋を、芸能文化を花咲かせたのは、その礎となったのはあの時代の、わしらとdelaと応援してくれたファンの方々じゃ!それに敬意を持たんキサマらみたいなクソガキはまとめてタックルしたるわい!」
「じじい、お前、どっから来たか知らんがな。今はな、老若男女平等法ってのがあってな子供にそういう口の利き方しちゃいかんのよ」
「え?まじ?そうなの?タックルしたらいかんの?」
「あ、中村警察さん!あのじじい、タイホしてください、純朴なぼくたちに『クソガキ』って言って脅すんです。違法です、中村区には相応しくないじじいです。」
「そりゃけしからんね、ん?そのコトバが汚い乱暴な老人はどこかね?」
「あそこで!・・・・・あれ!?いない!・・・・今までここにいたのに??・・・・・消えた・・」
「消えるなんでそんなバカなことはなかろう。どんな顔をしてたかね?」
「どんなっ?・・・て・・・・・ああああああ!!!あんな感じ、ほら!そこの!delaメンバーの写真の横に古ぼた写真ででちっちゃく・・・・・」
「そうだよ!全然年とってないけど、この性格の悪そうな憎たらしい表情は、さっきのじじいだ!」
「ん?この人は中村警察の防犯に昔ずいぶん協力いただいた・・・」
「間違いない!ってことは・・・・あのじじい・・・・・・まさか・・・・・あの・・・・・」
おしまい