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◆「伝説の美少女  ~千聖千夜一夜~」 第二夜

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家族会議は踊る

 

ハンフリーボガートとイングリッドバークマン主演、第2大戦中の名画「カサブランカ」

 

劇中あまりにも気障でカッコいいボカートを愛称の「ボギー」と呼び「あんたの時代は良かった」と歌詞にしたのは阿久悠。

 

「カサブランカダンディ」は沢田研二の1979年のヒット曲である。

 

2010年6月25日(金)午前1時

 

2時間、しばしの充足を自ら放棄したかのように、ミディアムテンポの軽快なロック「カサブランカダンディ」のピアノが滑り出し、同時にdocomoの携帯は踊りだした。

 

いつものように報道ステーションを録画で見ながら寝落ちしかけていた僕は、着信画面を見ずに「はい」と眠そうに出た。

 

「あ、中村社長さんですか?夜分に本当にすみません」

 

千聖のお母さんだ、深夜だが2時間前よりも声が明るい。

 

女にフラれたとき、ひょっとしてすぐに電話がかかってくるんじゃないか?「さっきのは間違いだった、あなたとは別れられない」って電話がかかってくるんじゃないか?とフラれる度にありもしない妄想を信じて待つのが男でもある。

 

恋愛ではないが、断りの電話があって、2時間後のことだ。これはひょっとして・・・というのは嘘。ほぼ確信してしまう、大逆転を。

 

 

「実は、さきほどオーディション話をお断りしただかりで恐縮なのですが、夜遅いことは大変失礼かと思いましたが、気が変わらないうちに早くと思いまして・・・」

 

 

早く!誰の気が変わらないうちに?それはいいから早く!お母さん!

 

 

「娘が主人を説得しまして、先ほど許しが出ました。是非オーディションを受けさせてやってください」

 

「はい!ではさっそく詳しい説明をさせていただきます。他の応募者も集まってきてますので日程を調整しましょう」

 

気が変わらないうちに・・・「おおお!そうですか!」とか「それはよかった!」とかなしで、気が変わらないうちに余計なことは言わずスケジュールを決め込む。11年磨いた営業マンの極意。

 

 

それにしてもどうやって説得した?あのお父さんを

 

「あのお父さん」と言っても会ってもいない。

 

「鬼のような独裁者」「逆らえば即八つ裂きにされそうな恐ろしい野獣のような風貌」

 

当時はこのイメージしか持っていなかった。2年後、栄の高級鉄板焼き屋で

 

「なんだよ、さっさと辞めちゃってさぁ。最初はあんたみたいな怪しい奴に娘を任せられるか!と思ってた、でもあなたはウチの娘を2年早く大人にしてくれた。ありがとう」

 

という一生忘れない名言を頂戴するまでは。

 

 

 

 

「8月1日の公開オーディションは受けていただくことになると思いますが、このプロジェクトへの応募者は増えています。締め切りが近づけばさらに増えるでしょう。最終的には200人近くになります。大須のアイドルになれることは約束できないどころか、せっかく説得した恐ろしいお父さん(当時は鬼の化身としか思っていなかった)を怒らせることになるかもしれません」

 

 

「もちろんそれは承知しています、しっかり頑張らせます!どうぞよろしくお願いします!」

 

 

このとき、千聖本人とは話せなかった。さっきまで泣いていたのがバレて照れくさいのか、大逆転の家族会議のプレゼンテーションで精魂尽きたのか。おそらく本人だけでは鬼のような父親(当時はそう思っていた)の説得は無理だったろう。要所要所の絶妙なタイミングでお母さんがカットインしたに違いない。

 

「こちらこそよろしくお願いいたします。それでは説明会でお会いしましょう」

 

 

僕は冷静に電話を切ったあと、両手の親指を立てて「カサブランカダンディ」のサビを少し踊った。

 

 

今回、一人だけ直接声をかけたテレビ塔の下の美少女、後の清里千聖のオーディション参戦が決まった。

 

 

一度は止まった清里千聖の夢の時計がまた回りだした。

 

 

 

「これはイケるかもしれん」

 

ユニットに重要なピースが1枚加わった。

 

 

知将、真田幸村。大好きな戦国武将から、ペンネーム「雪村」を僕は名乗っている。

 

幸村の下に集結した勇士たち。最強の軍勢を誇る徳川軍をゲリラ戦でことごとく打ち破っていく。子供のころそんなストーリーにワクワクしていた。

 

夢の勇士たちが集まってくる。すごいアイドルグループができる。

あたかも自分が本物の幸村になったような高揚感。この夜はそんな気分に浸っていた。

 

 

その翌週からアイドルどころか、会社と自分の身の危険に及ぶ災いが次々と降りかかることも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 


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